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名古屋高等裁判所 昭和28年(ネ)382号 判決

控訴人 原告 合資会社和田組 外一名

弁護人 山田丈夫

被控訴人 被告 太平住宅相互株式会社

弁護人 菅野勘助

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す被控訴人は控訴人両名に対しそれぞれ金二十五万円及び之に対する昭和二十七年八月十五日以降完済に至るまで年六分の割合に依る金員を支払うべし訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は左記主張の外は何れも原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

控訴代理人の陳述

(一)  被控訴会社の主たる業務は建物の月賦販売であつてその岐阜支部は被控訴会社の所謂第一線である、不特定多数の公衆に対し勧誘加入せしめ建物の月賦販売を為すことの直接的な第一線である。岐阜支部が被控訴会社との間に如何なる運営規則によつて運営されておるかは被控訴会社の内部構成の問題であつて外部即ち会社の権利義務と相対的立場にある関係とは厳に区別されなければならない、本件は被控訴会社と取引を為す者の立場から考察されなければならない、岐阜支部が建物の月賦販売の勧誘、申込、申込金の受領を為すことは第三者から云へば月賦販売の契約をなすことであつてその外に何等の目的を持つものでなく、況んや株式の申込、割当、増資、減資、建築請負契約の如きは第三者としては何等の利害関係のないことで法定要件を欠く株式申込証と称する書面(乙第七、八号証)、日附余白の委任状(乙第九号証)の如き法律上無効の書類に押印させることは会社業務の目的とは云へない、第三者たる加入者と交渉し加入者の納得の建物を月賦で販売することが岐阜支部の主たる業務である、仮りに岐阜支部が被控訴会社の主たる業務たる建物の月賦販売の営業をしておらないとせば被控訴会社の如何なる組織体が右第一線営業を為しておるのか、会社の主たる目的業務につき第三者に対して直接的独立的に而も独立店舗を設けてその店舗に隷属する多数の社員を使用しておる営業所は所謂支店に該当するものと謂わねばならない。

岐阜支部長松尾善一は他に数多い会社の役員を兼任し自らは木材商を営みおつた者で単に名義上の支部長であり日日の一切は次長の資格で岡本雅典(本名正以)が取扱つており、そのことは被控訴会社自体が承認しおつたものである。然らば商法第四十二条所定の支店の営業の主任者たることを示す名称とは必ずしも支部長なる名称を要するに非ずして実際的に営業所の総括的立場にあつて日々の業務を遂行しておつた者の名称が次長であつても支店営業の主任者に該当するものである。

(二)  仮りに岡本雅典が支店営業主任者でないとしても被控訴会社の営業に関する或種類又は特定の事項の委任を受けた使用人である、而して岡本が委任を受けた業務の範囲は前述の如く被控訴会社の主要目的営業の不特定多数の第三者に対する建物の月賦建築の勧誘加入申込、加入者の加入条件の取極め、加入金の受領等広範囲に亘り単にその間にあつて被控訴会社の自主組織体内のルールによつて行うと云うのみである、建物月賦販売の申込のときに申込者と会社との間に契約が決定され第一回申込金の受領があるのであつてその後は自動的に被控訴会社自体が運営の便宜上増資減資の手続、建物の建築、建物の引渡が行われ第三者たる加入者の関係する所でない、岡本雅典は表見的には被控訴会社の主たる目的である建物の月賦販売に関する一切の事項につき被控訴会社の委任を受けた使用人であつて同会社岐阜支部次長の資格を有する同人が一時的会社のために借財を為すことは経済通念上何人にも考へられる事項であるから控訴人等が手形を受取つて右岡本を通し被控訴会社に金を貸したことが仮りに岡本に借入の権限がなく被控訴会社から云つて権限を超へた不正の行為であつても控訴人等は善意で岡本の懇請に基き手形によつて貸与した以上被控訴会社は商法第四十三条第二項によりその責任を負うべきは当然である。

被控訴代理人の陳述

(一)  被控訴会社は本店の下に営業所を設け営業所の下に営業所直営の支部と特別支部設置契約による請負的な支部とがあり本件の岐阜支部は後者に属するものである右岐阜支部に勤務する職員は支部長が募集し被控訴会社が任免するものである。

(二)  控訴代理人の前記主張事実中被控訴会社岐阜支部には支部長次長平社員の職制があり、岡本が支部長に次ぐ次長の地位にあつて部下職員を使用していたこと、建物月賦販売については第一回掛金は募集に当つた社員に受領権限があることは認めるが其余の被控訴代理人の従来の主張に反する事実は否認する。

証拠として控訴代理人は甲第一号証乃至第四号証、同第五号証の一、二、同第六号証を提出し原審並当審証人松尾信司、安田一美、原審証人塚田喜一、棚橋政一、佐々木亟太郎、武藤琴子の各証言、原審に於ける控訴本人吉村透の訊問並検証の各結果を援用し、乙第二、第四、第六、第十二号証の各成立を認めて之を利益に援用し爾余の乙各号証の成立は不知と述べ被控訴代理人は乙第二号証乃至第十二号証を提出し、原審並当審証人勝野清重、原審証人酒井一好、塚田喜一の各証言並原審に於ける検証の結果を援用し甲第一、二号証中拒絶証書の成立及同第五号証の一、二が被控訴会社岐阜支部事務所の写真であることを認め甲第一、二号証中の爾余の部分及其余の甲各号証の成立は不知と述べた。

理由

拒絶証書の成立につき当事者間に争なく、その余の部分については原審に於ける控訴本人吉村透の訊問の結果に依り成立を認め得る甲第一、二号証及成立に争のない乙第二号証、原審証人酒井一好、塚田喜一、原審並当審証人安田一美の各証言及右吉村透本人訊問の結果に依れば訴外岡本雅典が被控訴会社岐阜支部次長の肩書を以て控訴人両名主張の日に控訴人両名各自に宛ててその主張のような内容の約束手形各一通を振出し控訴人両名はそれぞれ右各手形の所持人としてその支払呈示期間内に支払場所に右手形を呈示して支払を求めたがその支払を拒絶されたこと、及岡本雅典は本名を正以と云い、従て岡本雅典と岡本正以とは同一人の呼称であることが認められる。また右岡本が昭和二十七年三月一日以降被控訴会社岐阜支部次長の職に就任していたことは被控訴人の自認するところである。

控訴代理人は右岡本雅典は商法第四十二条に所謂表見支配人であると主張するから案ずるに被控訴会社が控訴人主張のような営業目的を有しその主張の場所に岐阜支部を設置し支部長に松尾善一を任命したことは当事者間に争なく右の事実に成立に争のない乙第六号証及第十二号証原審並当審証人勝野清重の証言に依り成立を認め得る乙第五号証、原審証人酒井一好の証言に依り成立を認め得る乙第七号証乃至第十一号証、右証人酒井一好、前記証人勝野清重、塚田喜一、安田一美、原審証人棚橋政一の各証言を綜合すると被控訴会社の主たる営業目的は建物の月賦販売同建物の建築施行等であつて右建物月賦販売の方法は建物の月賦販売を受けようとする者は先づ被控訴会社の株主となることを要し月賦建物申込書と共に株式予約申込書と株式申込予約金(建物代金月賦金に相当するもの)とを添えて提出し爾後月賦建物の建築着手順位到来に至るまで(但最長期間満五ケ年)毎月右予約金の支払を継続し其間に被控訴会社は右申込人に被控訴会社の株式を割当てて株主となし、右申込者の中から毎月抽籖又は入札の方法により建物建築着手者を定め右建築順位到来者とは建築請負契約並建物月賦販売契約を締結の上既に支払つた株金に相当する金額を右建物販売代金の一部に充当して株主たる地位を去らしめ之がため被控訴会社はその都度増資或は減資の手続をとることとなし、更に建物の建築を為して右当籖者又は落札者にその所有権を譲渡すると同時に右建物代金残額につき月賦辨済契約を締結し之に基き月賦販売代金を回収し以て建物の月賦販売を為すのであるが、被控訴会社は右の方法による月賦販売の希望者を募集するため東京に本店を置き東京、大阪、名古屋、京都に営業所を設置し更に各営業所管下に各支部を設けて之が募集の宣伝並申込の勧誘に当らしめていること、右営業所はその管下に於ける前記建物月賦販売に関する各種契約の締結、第二回以後の株式申込予約金(建物月賦金)の集金徴収、建物の建築施行、管下各支部の監督指揮、職員の任免、経理に関する事項等被控訴会社の基本的な営業行為を独立して為す権限を有するのであるが右営業所管下の各支部はその管轄営業所の指揮監督の下に前記建物月賦販売の希望申込者の勧誘募集、第一回株式申込予約金(建物月賦金に相当)の受領及之が営業所への取次を為すことを主たる業務とし他に本店又は営業所が為す前記基本的な営業行為を独立して為す権限を有しないこと、本件岐阜支部は被控訴会社名古屋営業所の監督下に属しその支部長は松尾善一なる者で同人と名古屋営業所長との特別支部設置契約により設けられたもので同支部の業務は右契約に定められたところに従い同人の責任に於て運営されていたもので同支部次長岡本正以以下の職員は名古屋営業所長に於て任免権を有するが同支部の業務に関しては同支部長の監督に服すべきものであることが認められる、右認定に反する原審並当審証人松尾信司の証言、原審に於ける控訴本人吉村透の供述は措信しない、他に右認定を左右するに足る証拠はない、然らば右岐阜支部は被控訴会社の本店又は営業所と同一の営業を為し得る組織を具備しないから商法第四十二条に所謂支店ではないし其支部長もまた同法条に云う営業主任者とは云い得ないことは明かである。従て岐阜支部が商法に云う支店に該当しない以上同支部次長の岡田雅典が事実上の営業主任者(その然らざることは前記認定の通りである)であるとするも同人が商法第四十二条に云う表見支配人でないことは勿論であるから本件手形の振出につき被控訴会社が右法条による責任を負うべきものでないことは明かである。

次に控訴代理人は岡田雅典は岐阜支部次長として同支部の営業に関しては商法第四十三条により被控訴人の使用人としてその権限を有するから被控訴会社は本件手形につきその責任を負うべき旨主張するから案ずるに、商法第四十三条に云う代理権を有する商業使用人はその営業主から委任された営業に関する或る種類又は特定の事項に関してのみ裁判外の代理行為を為す権限を有するのであつて委任されていない営業事項に関してはその権限を有しないことは明かである。而して本件に於て岡田雅典は被控訴会社岐阜支部次長として同支部の営業に関して同支部長を補佐し部下職員の育成指導、並建物月賦販売に関する募集宣伝、申込の勧誘等同支部の前記営業権限の範囲内のことに限り委任を受けていたに過ぎないのであつて同支部の営業権限の範囲外に属する手形振出其他此種類に属する行為については毫も委任せられていなかつたことは前記証人酒井一好、勝野清重の各証言に依り明かであつて右認定を覆えすべき何等の証拠もないから岡田雅典が被控訴会社岐阜支部次長名義を以て擅に為した本件手形の振出行為は同法条に該当する行為ではなく同法条に基き被控訴会社がその責に任ずべき理由はない、控訴代理人の右主張は採用できない。

其外に本件手形につき被控訴会社として其支払の責に任ずべき理由については控訴人の主張立証がないから其余の争点を判断するまでもなく本件手形の振出は被控訴人に対しその効力を生ずるものでないと謂うべきである。依て控訴人両名の本訴請求は理由のないことが明かであるから右請求を棄却した原判決は相当であつて本件各控訴は理由なく棄却せらるべきである。仍て民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十五条第九十三条に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 中島奨 判事 石谷三郎 判事 県宏)

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